3年間ありがとう!技能実習を終え、フィリピンへ帰国する仲間へ
~日本で過ごした3年間。そして新しいスタート~
こんにちは!
千葉県市原市に事務所を置き、足場組立などの鳶工事を行っている有限会社 綾総建設です。
先日のブログでは、フィリピンから技能実習生として日本へ来て、3年間の技能実習を終えたあと、「特定技能」としてこれからも綾総建設で働くことになった仲間をご紹介しました。
そして今回は、同じく3年間の技能実習を終え、一つの大きな節目を迎えるもう一人の仲間について書きたいと思います。
彼が選んだ道は、
「フィリピンへ帰国すること」。
3年前、日本から遠く離れたフィリピンからやってきて、綾総建設の仲間になりました。
日本語も、日本での生活も、足場の仕事も。
きっと最初は分からないことだらけだったと思います。
それでも毎日仕事へ行き、少しずつ日本語を覚え、足場の仕事を覚え、気が付けば3年。
今では、
「もう3年経ったの?」
と思ってしまうほどです。
毎日のように顔を合わせていた仲間が帰国するとなると、やっぱり寂しいものがあります。
でも同時に、
「3年間、本当によく頑張ったね」
という気持ちもあります。
今回は、そんな彼との3年間を振り返りながら、これから新しい道へ進んでいく仲間へ「ありがとう」の気持ちを込めて書いてみたいと思います。
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フィリピンから日本へ
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今から3年前。
彼は技能実習生としてフィリピンから日本へやってきました。
海外へ行くだけでも、不安になる人は多いと思います。
それが旅行ではなく、
「これからここで生活して、仕事をする」
となったらどうでしょう。
家族と離れる。
住み慣れた場所を離れる。
使う言葉も変わる。
食べ物も違う。
文化も違う。
仕事のやり方も違う。
そして知っている人もほとんどいない。
自分が同じ立場だったらと考えると、それだけでもかなり勇気のいることだと思います。
私たちにとっては当たり前の日本での生活も、彼にとっては初めてのことばかり。
そんな環境の中で、彼の日本での3年間が始まりました。
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最初の印象は「大人しい子」
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彼は、どちらかというと大人しい性格です。
前に前に出て、いつも大きな声で話すタイプというよりは、落ち着いているタイプ。
日本へ来たばかりの頃は、今以上に大人しく感じたかもしれません。
もちろん、日本語もまだ勉強中です。
言いたいことがあっても、どう伝えればいいのか分からない。
相手が話している日本語を理解するだけでも大変だったと思います。
でも、そんな彼には一つ、とても印象的なところがありました。
それが、
「日本語の上達がとても早かったこと」。
一緒に過ごしているうちに、
「あれ?ずいぶん日本語が分かるようになったな」
と感じることが増えていきました。
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話すことで、どんどん日本語が上達
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語学を覚えるには、勉強することももちろん大切です。
でも実際にその言葉を使って、人と話すことも大切なのだと思います。
彼も、周りの人たちとコミュニケーションを取ることで、どんどん日本語が上達していきました。
仕事で使う日本語。
普段の会話。
ちょっとした冗談。
好きなものの話。
最初は短い会話だったものが、少しずつ長くなる。
こちらが話したことを理解できるようになる。
自分の考えていることを日本語で伝えられるようになる。
言葉が分かるようになると、当然コミュニケーションも増えていきます。
コミュニケーションが増えると、さらに日本語を使う機会が増えます。
そうやって少しずつ、でも確実に日本語が上達していきました。
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そして日本語能力試験N3に合格!
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そんな彼の努力が形になった出来事があります。
日本語能力試験のN3に合格しました!
これは私たちにとっても嬉しい出来事でした。
仕事をしながら日本語を覚える。
毎日現場へ行って、体を使って仕事をして、その生活の中で勉強も続ける。
簡単なことではありません。
日本で暮らしていれば自然に日本語が話せるようになる。
そんな単純なものでもないと思います。
聞く。
覚える。
実際に使ってみる。
間違える。
また覚える。
それを何度も繰り返してきた結果です。
日本へ来たばかりの頃を知っているからこそ、
「N3に合格した」
と聞いたときには、本当によく頑張ったなと思いました。
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仕事をしながら勉強するということ
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足場工事は体を使う仕事です。
朝から現場へ行き、一日仕事をする。
仕事が終われば、当然疲れます。
そんな生活の中で日本語を勉強するのは、決して楽なことではなかったはずです。
今日は疲れたから勉強したくない。
休みの日くらいゆっくりしたい。
そう思う日だってあったでしょう。
それでも日本語を覚え、実際にN3に合格した。
結果だけを見ると、
「N3合格」
という一言ですが、その裏には毎日の小さな努力があったのだと思います。
私たちが知らないところでも、きっとたくさん勉強していたのでしょう。
3年間の中で彼が身につけたものは、足場の技術だけではありません。
日本語もまた、日本で頑張った証の一つになりました。
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建設現場の日本語はさらに難しい?
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そして彼が覚えなければならなかったのは、日常会話だけではありません。
建設現場には、普段の生活ではあまり使わない言葉がたくさんあります。
資材の名前。
道具の名前。
作業の指示。
安全に関する言葉。
さらに職人同士で使う独特な言い回しもあります。
日本人でも建設業未経験で入社したら、
「それ、何のこと?」
となる言葉がたくさんあります。
それを日本語と一緒に覚えていく。
改めて考えると、本当に大変です。
しかも足場工事では、コミュニケーションは安全にも関わります。
分からないまま作業することはできません。
聞く。
確認する。
理解する。
そして動く。
日本語が上達したことで、仕事中のコミュニケーションもどんどん取りやすくなっていきました。
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仕事も一つずつ覚えていきました
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もちろん、3年間で成長したのは日本語だけではありません。
足場職人としての仕事も、一つずつ覚えていきました。
最初は誰でも初心者です。
資材の名前が分からない。
道具の使い方が分からない。
次に何をすればいいのか分からない。
先輩の動きを見ても、
「どうして今これをやっているんだろう?」
と思うこともあったはずです。
それでも毎日現場へ出て、仕事を経験する。
教えてもらう。
やってみる。
失敗したら、もう一度覚える。
その積み重ねです。
3年間という時間は、文章にすると短く見えます。
でも毎日の積み重ねで考えれば、とても長い時間です。
暑い夏もありました。
寒い冬もありました。
大変な現場もあったと思います。
それでも3年間、よく頑張りました。
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大人しいけれど、ちゃんと自分の「好き」を持っている
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普段は大人しい彼ですが、好きなものの話になるとまた違います。
彼が好きなのが、
「アニメ」。
アニメの話をよくしてくれました。
日本のアニメはフィリピンでも人気があるようで、好きな作品について話してくれることもありました。
普段は大人しい人でも、自分の好きなものの話になると楽しそうに話す。
これは日本人でも同じですよね。
アニメという共通の話題があることで会話が増え、そこからまた日本語で話す機会も増えていきました。
もしかすると、彼の日本語が上達した理由の一つには、
「日本の好きなものについて話したい!」
という気持ちもあったのかもしれません。
勉強として覚える日本語だけではなく、
自分が好きなことを話すための日本語。
そういうものがあると、言葉を覚えることも少し楽しくなるのかもしれませんね。
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仕事だけじゃない、日本での思い出
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3年間一緒に過ごしてきたのは、もちろん現場だけではありません。
せっかくフィリピンから日本へ来たのだから、
仕事だけで日本での生活が終わってしまうのは寂しい。
日本でいろいろなものを見て、いろいろな経験をしてほしい。
そんな思いもあり、一緒に出掛けることもありました。
その一つが東京観光です。
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一緒に東京観光へ
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東京へ一緒に遊びに行きました。
普段は作業着を着て、現場で一緒に仕事をしている仲間。
でも休日に一緒に出掛ければ、もちろん仕事は関係ありません。
観光をする。
写真を撮る。
ご飯を食べる。
話をする。
笑う。
日本に住んでいる私たちにとっては身近な東京でも、フィリピンから来た彼にとっては、日本で過ごした3年間の思い出の一つになってくれていたら嬉しいです。
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鎌倉にも行きました
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そして鎌倉観光にも一緒に行きました。
東京とはまた違う、日本らしい景色や雰囲気のある鎌倉。
仕事とはまったく関係のない時間ですが、振り返ってみると、こういう時間もとても大切だったように思います。
毎日仕事だけして、
3年経ったから帰国する。
ではなく、
日本で働いた。
日本語を覚えた。
日本のいろいろな場所へ行った。
日本の文化に触れた。
みんなと遊んだ。
そんな思い出も一緒にフィリピンへ持って帰ってほしいと思います。
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3年間で「実習生」から「仲間」へ
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日本へ来たときは、
「新しく来る技能実習生」。
最初はそういう存在でした。
でも3年間一緒に働けば、それだけではなくなります。
毎朝顔を合わせる。
一緒に現場へ行く。
一緒に仕事をする。
休憩する。
くだらない話をする。
アニメの話をする。
時には一緒に出掛ける。
仕事で大変な日も一緒に乗り越える。
そんな毎日を過ごしているうちに、
「技能実習生」
というより、
いつの間にか普通に、
「会社の仲間」
になっていました。
だからこそ、帰国するとなると寂しく感じます。
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3年という期間
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3年。
長いようで、過ぎてみると本当にあっという間です。
日本へ来たばかりの頃には、
「これから3年間」
だったものが、
気が付けば、
「もう帰国」
になりました。
その間には、本人にしか分からない苦労もたくさんあったと思います。
家族に会いたい日もあったでしょう。
フィリピンの料理が恋しくなることもあったでしょう。
日本語が分からなくて困ったこともあったと思います。
仕事がうまくできず、悔しかった日もあったかもしれません。
それでも3年間、日本で生活しながら仕事を続けました。
それだけでも、本当に立派なことだと思います。
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いよいよフィリピンへ帰国
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そして技能実習の3年間を終え、彼はフィリピンへ帰国します。
前回の記事でご紹介した仲間は、技能実習から特定技能へ移り、これからも日本で一緒に働く道を選びました。
そして今回の彼は、母国フィリピンへ帰る道を選びました。
進む道は違います。
でも、
どちらが正解、というものではありません。
日本でさらに経験を積む。
母国へ帰り、新しいことを始める。
それぞれに新しいスタートがあります。
今回帰国する彼にも、日本で身につけたことを大切にしながら、次の道へ進んでほしいと思っています。
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「日本語を教えたい」
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以前、帰国したあとの話をしていたとき、
「日本語を教えたい」
という話をしてくれたことがありました。
これを聞いたとき、なんだか嬉しくなりました。
日本へ来たばかりの頃は、日本語を教えてもらう側だった彼。
その彼が3年間で日本語を覚え、日本語能力試験N3に合格し、
今度は、
「自分が日本語を教える」
ということを考えるようになった。
もし本当にいつか日本語を教える機会があったら、日本で実際に生活した彼だからこそ教えられることもたくさんあると思います。
教科書に書いてある日本語だけではありません。
実際に日本人が使う言葉。
仕事で使う言葉。
日本で生活するときに必要な言葉。
そして、もしかしたら建設現場の職人用語まで。
日本で3年間生活した経験そのものが、彼の強みになるのではないでしょうか。
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そして、お父さんとカカオ農場へ
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帰国後は、お父さんと一緒にカカオ農場をする予定だそうです。
足場職人からカカオ農場。
かなり違う仕事です。
でも、なんだか彼らしくて素敵だなと思います。
フィリピンへ戻り、今度は家族のそばで、お父さんと一緒に仕事をする。
日本で家族と離れて頑張ってきた3年間があるからこそ、家族と一緒に過ごせる時間もきっと特別なものになるでしょう。
カカオというと、私たちはすぐにチョコレートを思い浮かべます。
これからチョコレートを見るたびに、
「元気にカカオ育ててるかな?」
なんて思い出すかもしれません。
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仕事は変わっても、日本で身につけたものは残る
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足場工事とカカオ農場。
仕事内容だけを見れば、まったく違います。
でも、日本での3年間が無駄になることはないと思います。
毎日決まった時間に仕事へ行くこと。
仲間と協力すること。
分からないことを覚えること。
安全について考えること。
最後まで仕事をやり切ること。
言葉が通じない環境でもコミュニケーションを取ろうとすること。
そして、簡単に諦めずに続けること。
日本で身につけたこうした経験は、どんな仕事をするときにもきっと役に立つはずです。
足場職人としての3年間は終わっても、その3年間で成長した彼自身が元に戻るわけではありません。
経験は、全部彼の中に残ります。
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お父さんとのカカオ農場も頑張って!
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日本で仕事をしていた3年間。
家族と離れていた時間も長かったと思います。
これからはフィリピンへ戻って、お父さんと一緒にカカオ農場。
きっと日本とは全然違う毎日が始まります。
最初は分からないこともあるかもしれません。
でも3年前、日本へ来たときも同じだったはずです。
分からない日本語。
分からない仕事。
初めての生活。
そこから3年間で日本語能力試験N3に合格するところまで成長しました。
それだけ頑張れた彼なら、きっと新しい環境でも大丈夫。
今度はフィリピンで頑張る彼を、日本から応援したいと思います。
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いつかまた日本へ
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帰国するからといって、これで全部終わりというわけではありません。
今は簡単に連絡を取れる時代です。
日本とフィリピン。
距離は離れていても、連絡することはできます。
そして、いつかまた日本へ遊びに来てくれたら嬉しいです。
そのときには、
「日本語忘れてない?」
なんて話をしながら、またみんなで出掛けられたらいいですね。
もしかしたら今よりさらに日本語が上手になっているかもしれません。
そして逆に、
「カカオ農場どう?」
「チョコレート作った?」
なんて話を聞かせてもらえる日が来るかもしれません。
そんな再会ができたら最高です。
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3年前、日本へ来てくれてありがとう
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振り返れば、そもそもの始まりは、
3年前に彼がフィリピンから日本へ来てくれたこと。
もし違う会社を選んでいたら。
もし日本へ来ていなかったら。
私たちが出会うこともありませんでした。
一緒に現場へ行くことも。
アニメの話を聞くことも。
東京へ行くことも。
鎌倉へ行くことも。
N3に合格したことを喜ぶことも。
全部なかったことです。
そう考えると、人との出会いは不思議なものです。
遠く離れたフィリピンから日本へ来て、千葉県市原市にある綾総建設で一緒に働く。
3年前にはまだ知らなかった人が、3年後には帰国を寂しいと思う仲間になっている。
それも技能実習生を受け入れたことで生まれた大切なご縁だと思います。
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「お疲れさま」そして「ありがとう」
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3年間、本当にお疲れさまでした。
暑い日も。
寒い日も。
大変な現場の日も。
慣れない日本で、よく頑張りました。
日本語も本当に上手になりました。
そしてN3合格、本当におめでとう!
最初は大人しくて、あまりたくさん話すタイプではなかった彼が、日本語を覚えて、少しずついろいろな話をしてくれるようになったこと。
アニメの話をしてくれたこと。
一緒に東京へ行ったこと。
鎌倉へ行ったこと。
全部、私たちにとっても大切な思い出です。
もう毎日のように顔を合わせなくなると思うと、やっぱり寂しいです。
でも、帰国は終わりではありません。
これから始まる新しい生活へのスタートです。
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最後に
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今回は、3年間の技能実習を終え、フィリピンへ帰国する仲間について書かせていただきました。
3年前、日本へ来たばかりの頃。
まだ日本語も勉強中で、大人しくて、慣れない環境の中で仕事を始めました。
それから3年。
周りの人たちとコミュニケーションを取りながら、日本語はどんどん上達しました。
そして日本語能力試験N3にも合格。
足場の仕事も覚え、日本での生活にも慣れ、たくさんの経験をしました。
仕事だけではありません。
アニメの話もたくさんしました。
東京にも行きました。
鎌倉にも行きました。
いろいろな思い出ができました。
そしてこれからは、フィリピンへ帰国し、新しい生活が始まります。
日本語を教えたいと話してくれたこと。
お父さんと一緒にカカオ農場をすること。
どんな道へ進んだとしても、日本で頑張ったこの3年間が、これからの人生のどこかで力になってくれたら嬉しいです。
技能実習生として日本へ来た彼。
でも私たちにとっては、
「技能実習生だから」
ではなく、
3年間一緒に働いた大切な仲間です。
日本で働き続ける仲間。
母国へ帰る仲間。
それぞれ進む道は違います。
でも、一緒に働いた時間がなくなるわけではありません。
3年間、本当にありがとう。
そして、本当にお疲れさまでした。
フィリピンへ帰ったら、まずは家族との時間をたくさん楽しんでください。
そして、お父さんとのカカオ農場も頑張って!
日本語を教えるという夢も、いつか実現したら嬉しいです。
遠く離れていても、綾総建設のみんなで応援しています。
そしていつかまた日本へ遊びに来てください。
そのときは、またアニメの話でもしながら、みんなで笑いましょう。
3年間ありがとう!
フィリピンでも元気で!
これから始まる新しい生活が、笑顔いっぱいの毎日になりますように。
有限会社 綾総建設一同より。



